「何のためにピープルアナリティクスを導入するのか」——私が伴走支援の現場でこの問いを投げかけるとき、明確な答えを持っている組織は、実はそれほど多くありません。

この問いに対して「データで人事を高度化する」「意思決定を客観的なエビデンスに基づいて行う」という答えをいただくこともあります。これらは確かに正しい定義です。しかし、これはスタートラインであり、各組織の文脈に合わせて人事部門が考えていかなくてはならない問いです。

現代の企業経営において、労働人口の減少や、働き方・キャリア観の多様化は重要な課題です。過去の「勘と経験」や前例に基づいた一律の人事施策は、通用しにくくなっています。このような不確実な環境下で、組織の状態をファクト(データ)で捉え、対話を重ね、仮説検証によって意思決定を行うピープルアナリティクスは、組織学習を支える重要な知的インフラになりつつあります。

本稿では、これからピープルアナリティクスを学びたい方、実務でデータ活用を推進しようとしている人事担当者、そして組織の意思決定に関わる経営層に向けて、基本の定義から具体的な分析手法、さらには実務で誰もが直面する「現場の壁」の乗り越え方まで、私のこれまでの実務経験や伴走支援での気づきを交えて丁寧に解説します。

ピープルアナリティクスとは

ピープルアナリティクスの定義と意味

ピープルアナリティクス(People Analytics)とは、ファクト(データ)をベースに意思決定を行い、効果的な人事施策を打つことで、戦略人事を実現するための一連の活動を指します。

具体的には、従業員の基本情報、経歴、評価、勤怠、組織サーベイ、さらにはメールやチャットのコミュニケーションログといった多様なデータを収集・統合・分析し、その結果から得られた洞察(インサイト)を、採用、配置、育成、評価、エンゲージメント向上などの具体的な人事施策に結びつけていく活動です。

ピープルアナリティクスの主たる役割は、意思決定支援にあります。人事部門が「どのような施策が効果的か」を判断する際、あるいは経営層が「人的資本をどこに投資すべきか」を決定する際、これまでの慣習や属人的な主観ではなく、客観的なデータを共通言語として選択肢を示し、実行の判断を後押しします。

ピープルアナリティクスの歴史

ピープルアナリティクスは2007年にGoogleがHR系の組織名にピープルというワードを取り入れたことが始まりと言われています。その後、メジャーリーグの弱小集団が統計学を駆使して勝利を重ねたノンフィクション「マネーボール」が2011年に映画化されてヒットし、人材分析の認知が拡大していきました。

日本国内では、2010年代半ば頃から国内企業の関心が集まり始め、企業での実践が始まりました。そして、2018年に当分野の専門業界団体である「一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会」が設立されています。

「HRアナリティクス」との違い

歴史的には、2010年代前半頃まで「HRアナリティクス」という言葉がよく使われていました。HRアナリティクスは、主に人事部が保有する制度やプロセスのデータ(離職率や採用コストなど)の分析に重きを置く傾向がありました。

これに対し、ピープルアナリティクスは、主眼が「人やその相互作用(組織・コミュニケーション)」にシフトしたものです。データソースも人事給与システム内の情報にとどまらず、LMS(学習管理システム)や行動ログ、サーベイデータ、PCの利用履歴などへと広がっています。

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なぜ今、ピープルアナリティクスが注目されるのか

社会環境の変化、法制度、AIの登場といった多角的な背景から、ピープルアナリティクスは急速に注目を集めるようになっています。その社会的・構造的な背景を整理しました。

労働市場の流動化と日本型雇用慣行の崩壊

かつての日本型雇用慣行(終身雇用、年功序列、新卒一括採用)の下では、必ずしもデータ分析が人事において重要だとはみられていませんでした。「前例に従うこと」「一律のルールで処理すること」が、公平性を担保する効率的な方法だったからです。

しかし、中途採用の拡大やジョブ型人事への移行に伴い、組織内のキャリアパスや従業員が求める価値観は、急速に個別化・多様化しています。これまでこうしてきたからという過去の経験則だけでは、若手社員の離職を防ぐことも、優秀な専門人材を採用し定着させることも難しくなっています。

そのため、企業の人事部門は、データを用いて「自社のリアルな労働環境」や「組織の状態」を素早く察知し、変化に即応し続けなければならなくなっています。

人的資本経営への関心と、人的資本情報開示の義務化

近年、人材をコストや消費資源として管理するのではなく、価値を生み出す資本と捉え、その価値を最大限に引き出すために戦略的投資を行う人的資本経営への関心が高まっています。

国内では、2023年3月期より大手上場企業を対象に、有価証券報告書における一定の人的資本情報の開示が義務化されました。金融庁などの制度改正により、人材育成方針や社内環境整備方針、測定可能な指標などの開示が求められるようになったのです。これに伴い、国際標準ガイドラインである「ISO 30414:2025」が定める69の指標(採用、育成、ダイバーシティ、健康、生産性など)にも注目が集まっています。

一方、McKinsey & Companyが発表した2023年の調査によると、人的資本への投資と財務実績の双方を重視する企業は、財務実績のみを重視する企業と比較して優位であるという調査結果がでました。具体的には、業界トップティアの業績を維持し続ける可能性が1.5倍高く、パンデミック下でも2倍の速度で成長し、従業員の離職率は5ポイントも低いという結果が示されています。

人的資本投資が本当に企業価値の向上に繋がっているのか、その因果のストーリーを対外的に説明する、あるいは自社内で評価するための土台として、ピープルアナリティクスは重要な知的インフラになりつつあります。

AI・AIエージェントの台頭による「人員計画・仕事の再設計」の不確実性

2025年以降ビジネスでAIエージェントの利用が拡大し、組織変革の在り方が根底から揺らぎ始めています。

欧州中央銀行(ECB)などの調査でも示されている通り、AIを積極的に活用する企業ほど、生産性が高まり、かえって雇用や採用を強化する傾向が見られます。その代表例が、決済大手Klarna社が全世界で展開したAIアシスタントによるカスタマーサービスの生産性改善です。

しかし、AIが業務に入り込んだとき、私たちは「業務に必要な人数を数える(ヘッドカウントの計画)」という当たり前だった作業に、大きな困難を感じることになります。過去の実績(売上や人員数)から来期の必要人数を予測する方法論は、業務の前提や生産性が変化する中では機能しません。

これを考えるためには、今の仕事をどこまでAIに任せて、どこを人に残すのかを考えなくてはなりません。つまり、この問いに答えるには、業務自体の再設計を行う必要があるのです。

AIを組織にどう適応させ、人との協働体制をどう築くか。そして、AI導入後に組織はどのような状態になったのか。この問いをデータに基づいて検証するためにも、ピープルアナリティクスの役割はますます重要になっています。

関連記事AI時代の人員計画はなぜ難しいのか――ヘッドカウントより先に決めるべきこと

ピープルアナリティクスの方向性

ピープルアナリティクスを実際に社内で展開する際、私は「3つの方向性」に整理してアプローチを考えることをお勧めしています。それぞれの狙いと取り組み例は以下の通りです。

(1) 意思決定支援

ピープルアナリティクスの主戦場となるのが意思決定支援です。人事施策のGO/NoGO判断を行うときにデータから得られた洞察を活用するという方向性です。意思決定にデータを使うメリットは、勘や経験といった属人的な物差しでなくファクトにもとづく客観的な情報を活用できることです。ただし、人事においては、定量的なデータだけを用いて結論を出すのではなく、インタビューや現場観察といった定性調査も含めて結論を出すことが多い印象です。

(2) 人事オペレーションの効率化

人事給与システムは歴史が古いものの、制度改定やサーベイや突発的な検討事案に対して柔軟に対応できないことが多く、人事はExcel等を使った手作業に追われています。 この面倒な作業に要している工数を、PythonやBIツール、さらにはMicrosoft 365 Copilotなどの生成AIを用いて自動化することで、人事が「問いを立て、施策を練る」という付加価値の高い業務に専念できる環境を創出します。

(3) コミュニケーションと従業員のエンパワーメント

人事部門と従業員の双方向コミュニケーションにおいても、データ活用は有効です。例えば、エンゲージメント調査などの社内サーベイはその典型例といえます。また、キャリアの自律化が進むなか、人事部門には従業員一人ひとりに合った情報提供が求められています。今後は、データを活用し、よりパーソナライズされた支援を行うことが重要になるでしょう。

ピープルアナリティクスで扱うデータと代表的な分析手法

「ピープルアナリティクスをやりたいのですが、分析できるデータがありません」という相談を受けることがあります。しかし、人事はシステム化の歴史は長く、分析の軸となる人事基本情報が確立されているのが特徴です。このデータを軸にどのようなデータが存在し、どのような分析手法を用いて分析していくのかについて、簡単にまとめます。

ピープルアナリティクスに利用される主なデータ

ピープルアナリティクスで活用できるデータは、想像以上に多岐にわたります。例えば、次のようなデータが使われています。

  1. 人事基本情報・属性
    年齢、勤続年数、職種、等級、評価、異動履歴、採用区分など
  2. 勤怠・労働時間
    出退勤時刻、時間外労働時間、休暇取得状況など
  3. 教育・学習データ
    研修受講履歴、学習時間、テスト結果など
  4. サーベイデータ
    従業員エンゲージメント調査、組織風土調査、退職時アンケートなど
  5. 業務・行動データ
    業務システムやコラボレーションツールから取得されるデータ
  6. 財務・事業データ
    売上、利益、生産性、人件費など

ピープルアナリティクスでは、人事データだけを見るとは限りません。事業データと人事データを組み合わせることで、人や組織の状態が事業とどう関係しているかということを考えられるようになります。今後、AIによる組織変革の状況を観察していく上で、これらのデータの融合はますます重要になるでしょう。

ピープルアナリティクスの代表的な4つの分析方法

分析方法は細かく分ければ数多くありますが、実務ではまず次の四つに整理すると分かりやすいでしょう。

(1) 比較

分析の出発点は、データを正しく要約し現状を可視化することです。その際、統計的な数字の意味を確認する上で「比較」という考え方は常に意識しておかなくてはなりません。

例えば、今年のエンゲージメントスコアの平均が100点満点中72点だったとしたとき、この数字だけで良し悪しを判断することは難しいはずです。ここで、部門別に平均を比較すると、全社の中でどの組織に課題があるのかを把握することができます。一方、昨年度の数字と比較すれば、それまでに実施した施策の効果があったのかどうかを調べることができます。このように、ピープルアナリティクスで扱う様々な数字は、基本的に比較して意味付けをすることができます。

具体的な分析手法の例:データ可視化(箱ひげ図・棒グラフなど)、統計的仮説検定

(2) 関係性分析

データ分析テーマの多くは、変数と変数の関係を明らかにすることに帰着します。例えば、エンゲージメントと時間外労働時間には関連があるのか、離職を左右する要因は何かといった問いに答える分析調査です。

こうした分析調査においては、まずはじめに調べたい関係性の仮説を立てることからスタートしなくてはなりません。その上で、データを集め、データ可視化手法や回帰分析を用いて仮説を明らかにしていきます。

ここで、分析に利用した手法の前提条件に注意を払う必要があります。その手法が相関までを担保する手法なのか、それともある条件下で因果関係まで推測できるものなのか。あるいは、相関に基づく予測は可能だが因果関係は不明瞭であるのかなど、実は考えるべきことが多い仕事でもあります。

具体的な分析手法の例:データ可視化(散布図・ヒートマップ・箱ひげ図)、相関分析、回帰分析(線形モデル・非線形モデル・階層モデル)、因果推論

(3) 予測

手元にある特徴(説明変数)から、未来の行動や状態(目的変数)を予測するアプローチです。「離職の早期予測」や「採用選考時のミスマッチ回避」などに使われます。 この予測モデルを構築する際には、一般に機械学習やAIのアルゴリズムが力を発揮します。

しかし、人事の実務でこれらを扱う場合、精度がどれほど高くても、なぜかを説明できなければ、現場でのアクションを取れないという大きな壁にぶつかります。このトレードオフを解消するために、近年は予測の解釈性を高める技術(Explainable AI:XAI)が利用されています。

また、人事で予測を行う上では「公平性(Fairness)」の考慮が強く求められます。例えば、離職予測において、元データ(過去の採用・離職実態)に「女性の離職率が男性より高かった」という偏りがある場合、AIは女性であることをリスクの強い要因として自律的に判断してしまい、公平性を損なうバイアスが生じます。これを回避するための技術も多く開発されています。

具体的な分析手法の例:データ可視化(折れ線グラフ等)、教師あり学習(XGB・LGBM・罰則付き線形モデル等)、XAI(SHAP・EBM他)

(4) グルーピング

似ているデータや変数をまとめるデータ手法が存在しています。データに語らせるというアプローチで、例えば「人事異動履歴データから、典型的なキャリアパスを抽出する」といったタスクがこれに該当します。

データテーブルがあったとき、一般にデータの類似性に基づいてデータ行をまとめる手法をクラスタリングと言います。これに対し、データ全体の情報量をなるべく落とさずにデータ列をまとめる手法を次元削減と言います。

これらの手法はデータから何らかのパターンや傾向を発見するために活用されますが、予測と違って正解となる情報がないため、使う手法によって結果が大きく変わってしまいます。そのため、やりたいことと技術のマッチングを行う目利きが重要になります。

具体的な分析手法の例:データ可視化(ヒートマップ)、クラスタリング(k-means・階層型クラスタリング・HDBSCAN)、次元削減(主成分分析・t-SNE・UMAP)

ピープルアナリティクスを阻む3つの壁

ピープルアナリティクスに取り組もうとするチームは「データの壁」「合意形成の壁」「施策につながらない壁」という3つの壁にぶつかることになります。これについて、私の現場での失敗教訓を交えながら考えていきます。

データの壁

ピープルアナリティクスを始めるとき、ほとんどのデータアナリストが最初に直面するのがデータ加工の複雑さです。データが点在していることに加えて、データの解釈に一工夫必要だからです。

一般的な人事給与システムのデータは、データ分析のために設計されたものではありません。毎月の給与計算や社会保険処理を、1円の狂いもなく正確に行うために最適化されています。そのため、データベースの正規化がガチガチに組まれており、すべての情報が日付や月の単位で細かく管理されています。端的には多くのデータテーブルが履歴を持っています。

そのため、ある年のある瞬間にこの組織にどのような属性の人が何人いたかということを調べるだけでも、複数のテーブルを複雑にジョインする必要に駆られます。これを私は履歴地獄と呼んでいます。 さらに、部署コードが毎年の組織改編で変わり、同じ「第一営業部」でも2年前と現在でコードが異なっていたり、マスターコードが途切れていたりするコード地獄も加わります。

実務における現実的な対処法は、分析専用のデータウェアハウス(DWH)やデータマートが完璧に整備されるのを待たず、分析活動を進めながら理想的なデータマネジメントのグランドデザインを徐々に具体化していくことです。アナリティクスなきデータ基盤は使われません。システム投資予算が限られる人事領域であるからこそ、実利を手にアジャイルに進めるべきです。

合意形成の壁

私がピープルアナリティクスを本格的に始めたばかりの頃、今でも忘れられない大きな失敗を経験しました。組織におけるハイパフォーマーの特徴を分析して今後の育成施策のヒントにするという、非常に意欲的なプロジェクトにアサインされたときのことです。

プロジェクトは順調に進み、最終報告会でのことでした。発表が終わり質疑応答に入った瞬間、人事幹部より「このハイパフォーマーの定義は誰が決めたの?」という指摘。一気に場が重たくなるとともに、人事担当者同士で議論が紛糾することになりました。

テーマ設定に失敗したことは間違いありません。しかし、当時困惑したのは、そのテーマを選びハイパフォーマーの定義をしたのはクライアント側の人事担当者だったということです。私たちは合意されていたものとしてプロジェクトを進めたのですが、そうではなかったのです。

この失敗から私は重要な教訓を得ました。 人事業務においては、関係者が表面上で合意していたとしても、一人ひとりの脳内にある理想像や課題認識が大きくずれていることがしばしばあるということです。これは人事以外でも起きる可能性がありますが、他分野よりもその広がりが大きいように感じています。

この壁を超えるためには、ロジカルでストレートな進め方をするのではなく、対話をしながら徐々に問題に迫っていくような組織学習的なアプローチをとることが求められます。これは他分野のデータ分析プロジェクトとは一線を画す重要な特徴です。

施策につながらない壁

高度な予測モデルを作ったが、現場で誰も使わなかったということはよくあることでしょう。私自身も過去に取り組んだ離職予測モデルが全く使われなかったという苦い経験をしています。また、同様の話を伴走支援をした人事の方から伺ったこともありました。

これは典型的な手段と目的の取り違えという事象です。しかし、分析を始める前に単に「目的をはっきりさせましょう」と主張しても、まずうまくいきません。なぜなら、上で取り上げた「合意形成の壁」がそれを阻むからです。

これを回避するための具体的なテクニックとして、データ分析を始める前に、分析の結果が得られた後のアクションを想像してみるということをお勧めしています。目の前に出された分析のアイデアを良きものとして一旦受け止めた上で、それが得られた後に何ができそうかを前向きに考えてみるのです。

この投げかけをきっかけに新しい分析の観点が飛び出すこともあれば、メンバーが見ている「先」が全く違うことが明らかになることもあります。もちろん、この問いかけですべてが解決するわけではありません。しかし、こうした柔らかい問いを中心に対話し、データを見ながらそれを発展させることが壁を壊すきっかけになります。

ピープルアナリティクスを実践するプロセス

では、実際にピープルアナリティクスを始める場合、何から考えればよいのでしょうか。ここで、私が提唱するフレームワークを軸に考えていきます。

問いと目的を整理するフレームワーク「TIHAM」

ピープルアナリティクスを業務に接続させるために、私が提唱しているデザインフレームワークが「TIHAM」です。分析を始める前に、以下の5つの観点を言語化します。

  1. Target(目的):ビジネスとして達成すべきゴールや、このプロジェクトの狙いは何か。
  2. Issue/Idea(課題またはアイデア):目的達成のボトルネックとなっている課題、または解決のためのアイデアは何か。
  3. Hypothesis(仮説):どのような状態が起きていそうか、あるいはどのような施策に効果がありそうかという仮説。
  4. Approach(アプローチ):仮説を検証するために、どのようなデータを集め、どういった分析手法を適用するか。
  5. Measures(施策):仮説がデータで実証された(または否定された)後、次に何を行うか。

これは、リードデータサイエンティストが頭の中に持っていた暗黙知を見える形で整理したものです。

実務上のポイントは、人事担当者にこのTIHAMのワークシートをいきなり埋めてもらうように頼まないことです。データ分析に慣れていない現場の担当者は、何を書けばよいか分からず戸惑ってしまいますし、発想が出てこないこともあります。

このシートは推進者の頭の中に描いておき、対話の中で優しく質問を投げかけ、本音をすくい上げながら推進者が裏で整理していく使い方が、最もワークします。

関連記事データを業務に活かすためのデータ分析デザインフレームワーク TIHAM

ピープルアナリティクスの仮説検証「DDDIサイクル」

もう一つ、私がピープルアナリティクスの基本プロセスとして整理しているのが「DDDIサイクル」です。人事業務にピープルアナリティクスを日常的なプロセスとしてビルドインするための仮説検証サイクルとして考案したものです。

  1. Detect(問題発見):自組織のデータを定常的に観察し、シグナルをキャッチする。
  2. Dig(深掘り):何が起きているのか原因を探る。
  3. Decide(意思決定):分かったことをもとに、どの施策を実施するか決める。
  4. Implement(施策実行):施策を実行し、その結果を再びデータで観察する。

Detect → Dig → Decide → Implementの後に再びDetectへ移行するサイクリックなプロセスとして定義しています。

例えば、「30代社員のエンゲージメントが下がっている」というシグナルをDetectしたとします。データを詳しく見ると、30代全体ではなく直近数年で中途入社した社員に集中していることが分かるかもしれません。

これをきっかけにヒアリング調査を行った結果、オンボーディングに問題があることが分かったとしましょう。そこで、中途採用のプロセスと配置、フォローアップ施策を整理して実施するという流れに繋がります。そして数か月後、再びデータを見て問題が解決されたのかをモニタリングしていくわけです。

このサイクルが回り続ける状態をつくることが、ピープルアナリティクスの内製化だと私は考えています。

関連記事ピープルアナリティクスの仮説検証サイクル(DDDIサイクル)

最初は「人事の疑問をデータで確かめる」ところから

「データ活用を始めたいが、データ分析の専門チームも高度なツールもない」という相談をいただくことがしばしばあります。

こうした相談をいただいたとき、私は日々のミーティングで発話されるちょっとした疑問を貯めることからはじめてはいかがでしょうか、と回答するようにしています。

そうすると、たいてい「そんなことでいいのですか? 少し気が楽になりました」という声をいただくのですが、こうした疑問を持つことがピープルアナリティクスにおける大切な一歩目となるのです。

人事の現場では、毎週の会議でさまざまな仮説やもやもやが語られているはずです。 「最近、あの部署の離職率が少し高い気がする」 「新卒3年目の元気がないんじゃないか」 「自発的に教育コンテンツをよく受講している人は、評価も高いのだろうか」などなど。

こうした小さな疑問をつかまえ、まずは手元にあるExcelで構いませんので、実際のデータを確かめてみましょう。そうすると疑問通りの状況が分かるかもしれませんし、何か違和感を感じることもあるかもしれません。

このように、業務で直面する疑問や曖昧な問いこそが、分析の対象になります。これがピープルアナリティクスが人事業務に接続する瞬間です。

データ基盤やBIツールを導入する前に、この「日々の疑問をファクトで確かめる文化」を育むことが、何より大切です。

関連記事「ピープルアナリティクスのテーマをどうやって発掘するの?」

ピープルアナリティクスの本質と目指すべき姿

最後に、ここからは私自身がピープルアナリティクスを実践する中で気づいたことを整理していきます。

データは「対話のメディア」である

人事データが他の領域(マーケティングや生産管理など)のデータと最も大きく異なるのは、対象である人や組織が多面的で、単一の指標で捉えきることができない存在であるという点です。

売上や粗利のように、組織全員が同じ方向を向いて追いかけられる単一の分かりやすい指標(KGI)は、人事には存在しません。採用担当者が思う理想像、現場の部門長が求める即戦力像、経営層が思い描く次世代リーダー像は、状況や立場によってそれぞれ異なります。

そのため、プロジェクトの初期段階で目的や指標を固定しようとすると、必ずどこかで方向性の違いが現れたり、メンバーの本音に到達できなかったりするのです。

ピープルアナリティクスにおけるデータとは、ロジカルに正しい答えを導き出すものというよりも、むしろ、異なる立場にいる人同士が、互いの主観をテーブルに乗せてフラットに対話をするためのメディア(共通言語)だと私は考えています。

データを媒介にして対話を重ねることで、お互いの前提が揃い、自分たちが本当に向き合うべき問いが磨かれていくのです。

ピープルアナリティクスの本質は「組織開発」である

ピープルアナリティクスを実践していると、データ分析の枠を超えて、チームが融合する瞬間を目の当たりにすることがあります。

データという担当部門の利害から切り離されたファクトを前にした時、これまで採用、配置、育成と縦割りになっていた人事内の各チームが、部門間の垣根を越えて対話を始めるようになるのです。

「採用の段階で持っていたこの評価は、配置後の3年目のエンゲージメントとこう連動しているのか」
「だとすれば、私たちが個別に行っていた研修と採用の基準を、こういう風に繋げた方が良いのではないか」

データという客観的なものさしを通じて、人事部門、そして組織自身が自分たちの状態を冷静に観察し、対話を通して学びを深めるスタイルが定着していく。

これは組織を前向きに変化させるアプローチであり、組織開発(Organizational Development:OD)そのものに他なりません。

ピープルアナリティクスの真の価値は、アウトプットされた分析レポートだけでなく、分析のプロセスを通じて組織が学習する組織へと進化することにあると、私は考えています。

関連記事ピープルアナリティクスの本質は、組織開発ではないだろうか

意思決定の主体が変わる「ピープルアナリティクスの成熟3段階」

ピープルアナリティクスが組織内に根付くにつれて、その価値が影響を与える範囲と意思決定の主体が、段階的に進化・成熟していきます。

第1段階: 人事の組織開発

人事が「勘と経験」のスタイルから、仮説検証のスタイルを取り入れた時、ピープルアナリティクスは始まります。データを通して人事内で横断的な対話が発生し、人事自身が学びの組織へと変化します。

第2段階: 戦略人事の実現

人事での組織学習が定着すると、価値は事業部門へと広がります。ただし、事業が置かれた状況に応じて、ピープルアナリティクスは異なる役割を果たします。

  • 事業の成長期:競合が模倣できない独自の「企業特殊的人的資本(社内の業務プロセスや企業文化に適応したスキル)」を特定し増強することに貢献します。
  • 事業の停滞期・変革期:環境変化を察知し、資源を再構成するダイナミック・ケイパビリティの観点から、変化への柔軟性(スキルの流動性や組織のアジリティ)をモニタリングし支援します。

第3段階:人的資本戦略の転換

ビジネスのライフサイクルが移り変わる中、組織は「特殊人的資本をさらに積み上げるべきか(深化)」それとも「新しい能力を外部から探索すべきか(探索)」という、最も難しい転換点を判断しなければなりません。

独自の強みが強固になるほど、組織には変化への耐性が失われるジレンマが生じます。この適応課題に直面した時、経営陣と人事が同じデータを見て、持続的な成長を保つための舵取りを共に行うことが重要です。

この意思決定インフラとしての機能こそが、ピープルアナリティクスの究極のゴールであり、人事が真に経営のパートナーになる具体的な意味であると、私は考えています。

関連記事ピープルアナリティクスが果たす役割は何だろうか

付録:ピープルアナリティクス学ぶための記事

事例 - People Analytics Insights
クニラボにおけるデータ分析や伴走支援のプロジェクト事例をご紹介しています。
ピープルアナリティクスを学ぶ人におすすめする本
ピープルアナリティクスを学びたい人向けに、入門書・統計・人事・因果推論・人的資本経営などのおすすめ本を難易度別に紹介する。
ピープルアナリティクス・ユースケース
人事の課題や業務から、ピープルアナリティクスの活用方法を探せるページです。本ページのユースケースは、これまでの実務経験や一般的な人事課題をもとに、特定の企業やプロジェクトを示さない形で再構成しています。