余白というのは、1on1や伴走支援の場に発生する、目的から逸脱した様々な「間」のことです。

たとえば、目的から離れたちょっとした話に耳を傾けること。あるいは、クライアントから持ち込まれた課題を早期に解決しようとしないこと。

これらは、現代ビジネスの会議の常識とはかけ離れるものです。

目的やアジェンダのない会議は非合理的である、という戒めは誰もが知っている。しかし、1on1や相談という場面においては、直線的な方法がいつもワークするとは限りません。


ひとつエピソードをあげてみましょう。少し細部を変えておりますが、その点はご了承くださいませ。

きっかけはSNSのDMからの問い合わせでした。大手製造業の人事担当者の方で、「ピープルアナリティクスのスキルアップに協力してほしい」というものでした。

オンラインミーティングで話を伺ってみると、HR内でデータ分析をやっているのだけど、Excelを使って分析していて思うような分析ができていないという話でした。

集計と可視化を中心に分析しているが、ズバッとした結論を出すことができないという悩み。また、データ加工も大変でPower Queryだと限界があり、PythonやRに移行してスピードアップを図り、組織へのインパクトを与えたいという話でした。

さて、こういった相談があったとき、どういう解決策を思いつきますか?


この話を文字通り捉えると、対処すべき課題がいくつか出てきます。

まずはデータ分析スキルの向上ですが、それが内製化を中心にしたものか、外部リソースを活用するかという論点がありそうです。また、データ加工の話に着目すれば、データマネジメント上の課題も見え隠れしています。

その一方で、言葉の細部に着目してみると、組織へのインパクトを与えられていない状況があるようにも感じます。これは、技術を超えた重要な問題点です。ここで注目すべきは、「インパクトを与えられていない」ということが明には語られていないことです。

もしかすると、ここに問題の根本が隠れているのかもしれません。しかし、こういう状況のとき、

「技術的な問題は部分的な問題かもしれませんので、一旦脇におくべきです。インパクトを与えられていないという問題を中心に据えて考えましょう」

という言葉をかけてもまず良いことは起きません。

なぜなら、相談者がそのことに気づいていない恐れがあるからです。端的には、問いかけを受け取る準備ができていないということです。

また、もう一つ重要な点として、こちらの状況認識が大きく外れている可能性も否定できません。もしかすると、社内で十分な協議をしたうえで、スキルアップが重要課題に位置付けられたのかもしれません。

個人的な経験則ですが、複雑で根深い問題ほどすぐには見えてこない。つまり、会話の冒頭に出てくる話を元にした解決策というのは、表層的なものかもしれないのです。

そこで、こうした状況では、私は相談者に実際に起きていることを具体的に尋ねるようにしています。スキルアップという課題をすぐに解決しようとしないこと、これが余白を作る最初の動きとも言えます。

まずは、「スキルアップのご相談ですね。ご協力できることがあるかもしれません」と課題感について受け止めます。その上で、次のような質問を重ねていきます。

最近取り組んだ分析プロジェクトについて教えていただけますか?

実際に相談者が直面している状況を理解するため、エピソードを掘り下げています。抽象的な話よりも具体的な話の方が見えてくることがあるからです。

先ほどのケースでこの質問をしてみたところ、マネジメント向けの任意教育の受講率や、エンゲージメントとの関係を可視化で分析したということでした。

その狙いを尋ねてみると、研修効果を分析して研修計画に役立てたいという話が出てきました。効果を定量的に分析するには回帰分析を行う必要があるので、技術を学びたいというのです。確かに、研修の効果検証を行うのであれば、可視化だけでは難しいかもしれません。

こうして話を伺っていくと、ひとつの違和感がでてきました。それは、語られるストーリーの中で、分析チーム以外のメンバーの様子が見えてこないことでした。

ここで考えられるのは、分析チームとHRの業務担当者の間で認識がズレている可能性があるということです。もしかすると、インパクトがでないのはここに問題があるのかもしれません。


この問題はどの組織でも起こり得ることでありながら、とてもナイーブな問題でもあります。したがって、その問題点を真正面から指摘――つまり、その組織に介入すること――は丁寧な対応が必要になります。

そこで、私は「それはとても意欲的なテーマですね。私も携わったことがあります」と受けた上で、次のようなシンプルな質問を投げかけました。

ところで、このテーマはどなたが考えたものなのでしょう?

その後のやり取りを再現してみます。

  • 「ところで、このテーマはどなたが考えたものなのでしょう?」
  • 相談者「え? これは分析チームで議論して決めたものですよ」
  • 「その議論に人事担当者の方も入っていましたか?」
  • 相談者「いえ。彼らも忙しいでしょうから、私たちが案を考えて整理しているのですよ。それで、一覧を見せて、関心のあるものを選んでもらっています」
  • 「なるほど、効率的な方法ですね。このテーマを人事担当者に説明したときに、どういう反応がありましたか?」
  • 相談者「『いいですね』という反応でしたし、合意できていたと思います」
  • 「それで、分析結果を報告したときにどうなりました?」
  • 相談者「あまり活発な議論ができなかった印象ですね。これで研修効果を本当に測れるの?という質問があった程度です。提言についても反応がなく…。データ分析に対する興味が薄いのかなと思いました」

この会話を客観的にみていくと、多くのことに気づきます。

第一に、このプロジェクトの起点は分析チームであり、必ずしも人事担当者(業務チーム)の意向を組んだものではないということです。人事に限らず、分析チームだけで考えたネタというのは、往々にして業務チームに響かないものです。

しかし、こういったことを伝えると、「でも、『いいですね』と言ったじゃないか」という話になりがちです。ここで、『いいですね』という言葉の裏には何が潜んでいるのか、じっくり考えてみる必要があります。果たして、今回の反応は次のどれだったのでしょうか。

  1. 人事として重要な課題の解決につながるから『良い』。
  2. 分析テーマとして面白そうだから『良い』と思う。
  3. あまり重要な課題とは思えないが、勝手にやってくれるなら『良い』だろう。

本当のところは人事担当者と話してみなければわかりませんが、結果から見ていくと、おそらく3番目の「勝手にやってくれるなら『良い』」ということだったと思われます。少なくとも1番目の話ではないでしょう。

また、こうした状況を相談者が気づいていないというのが第二のポイントになります。こうしたエピソードを振り返りながら、問題の所在がチームの外にあると認識しているわけです。

そして、その壁を打ち破るために、さらなる力――つまり、より高度な分析スキル――を獲得しようとしていたわけです。

しかし、実際に起きていることは、分析テーマの選び方、あるいは、そのプロセスに問題があることがわかりました。当然ながら、問題解決の方法も当初の想定と異なるものになりました。

もし、相談者の言うままにスキルアップを目指していたら、どうなっていたでしょうか。おそらく、技術的により良い分析ができたとしても、プロジェクトの成功確率は向上しなかったでしょう。


こうした問題の取り違えを防ぐ上で、問いかけながら話を丁寧に聴くことが重要です。そして、この問いかけが機能したのは、対話の中に余白があったからだとも言えます。

結局のところ、会話の初期段階においては、相談の場に出される「課題」の正体を、相談者も相談を受ける側もまだ理解できていないと考えるべきなのです。

余白というのは、そうした「その場にいる誰もが真の課題にたどり着いていない」という状況と向き合う上で重要なものです。

その後、相談者とのやり取りを重ねるなかで、問題の焦点は少しずつ動いていきました。分析スキルの話は薄まっていき、人事担当者との関係を作ることが次のステップになったのです。

余白があったからこそ、このような解決にたどり着くことができました。最初の問いに早々に答えていたなら、おそらくその扉は開かなかったでしょう。

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