本記事は、データビズラボ株式会社 永田ゆかり社長との対談動画(2025年5月)を元に再構成したものです。
(質問者:永田ゆかり様/回答者:武田邦敬)
目次
1. データの壁――なぜ人事データは使いにくいのか
人事データ分析を始めようとした時、最初にぶつかる現実的な壁は何でしょうか?
人事システムのデータは、分析者にとって非常に扱いにくい形で格納されています。給与計算や社会保険の処理に最適化するために、正規化がかなりガリガリに組んであって、履歴情報も細かく管理されている。それ自体は正しいんですが、分析者からするとワンピース足りないというか、分析専用のデータウェアハウスがないので、既存システムのデータを自分で相当頑張って加工しないといけない。
現実的には、軸となるデータ——人事基本情報と組織情報——がまずあることを前提に受けて、そこに他のデータを自分で紐付けていくやり方を取っています。
人事担当者をデータ活用の流れに巻き込むために、どんな工夫をされていますか?
人事の分析プロジェクトが始まるとき、疑問の発信元が人事の方であることを大前提にしています。DX部門やIT部門から話が来ることもゼロではないんですが、そういう場合は大抵、人事の方を巻き込めずに終わってしまう。
人事の方が「離職の傾向を把握したい」とか「エンゲージメントサーベイを取ったけど活用の仕方がわからない」とか、何でも構わないんですが、その方を起点にプロジェクトを組むのが大前提です。そうすれば自然に巻き込まれますし、データへのアクセスも通りやすくなる。
分析の目的やビジョンが途中でぶれていくリスクには、どう対処していますか?
他の領域だとKPIや全体最適をしっかり詰めてからスタートすれば大体うまくいくんですが、人事でそれをやると議論が詰まってうまくいかないことが多い。
なので、目的が曖昧なのは分かった上で、皆さんにできるだけ本音を出していただくためのファシリテーションや、ある程度早い段階での可視化を組み込んでいます。最初から正解を求めるのではなく、少しずつ目的をクリアにしていくイメージです。
実際、エンゲージメントと昇格の相関を見たいという話からスタートして、気づけば「なぜ女性の管理職比率が上がらないのか」という全然違うテーマになることもある。人事はそういうものだと思ってからは、幅が広がること自体を自然なこととして受け止めています。
人事データ分析を現場施策に落とし込む時、企画・設計・分析・データ品質と様々なフェーズがありますが、最も難しいと感じるのはどこですか?
結果的には「企画」だと思っています。テーマが決まらないまま進んで、最後にアウトプットが繋がらないということが一番多い。実務的には「分析ができる人がいない」という人材の問題も大きくて、それはリソース面での壁として組織の中に溜まっていく課題です。ただ根本を辿ると、何を明らかにしたいのかが曖昧なまま動き始めることが、あとのフェーズの難しさを全部引き起こしている気がします。
2. 合意形成の技術――期待値を揃え、本音を引き出す
分析の結果が想定外だったとき、社内から拒絶反応が出ることもあると思います。どう対処していますか?
意思決定者と事前に丁寧にコミュニケーションを取るようにしています。想定外の結果だけを持っていくのではなく、「こういうことは皆さん当然ご存知ですよね」という情報も必ず積み上げながら報告する。
よくある例だと、エンゲージメントと時間外労働の相関を見たいというリクエストが多いんですが、大概そこには強い相関は出ない。それは分かってるんです。でも、だからこそ時間外労働の実態を丁寧に見せた上で「まるっと相関を取っても何も出ない」という話を最初に出す。そういう下地づくりが全てだと思っています。
人事部門の担当者が数字や分析に慣れていない場合、どんな工夫で関わっていますか?
「慣れていない」を前提にして、やりたいことを一緒に丁寧に整理するところから始めます。報告する時も、数式や統計の細かい話はひとまず置いておいて、まず可視化したグラフをお見せする。そのグラフの中に、さりげなく説明を込めていくんですね。「このあたりが下がっているのはこういう理由が考えられます」という話を少しずつ挟んでいくことで、プロジェクトを通じてメンバーのリテラシーがじわじわと上がっていく。それ自体も目的の一つにしています。
ある程度理解が進んでくると、「この変数とこの変数の関係を知りたい」という言葉が出てくるようになる。そうなったら、相関係数といった少し上の概念をさりげなく持ち込んで「統計的な相関とはこういうものですよ」と伝えていく。段階的に引き上げていくイメージです。
組織全体のデータリテラシーを上げるには、何から着手するのが現実的でしょうか?
統計学の基礎知識は持っていてほしいとは思いますが、お客様にお勧めしているのはもっとシンプルな話で、「日々の疑問を貯める」ことです。「30代のエンゲージメントが下がっているんじゃないか」「あの部署の離職率が高い気がする」——そういうことって日常的に話し合われていると思う。それを一つひとつ、データを使って確かめるところから始めてみてはどうかと。
ツールはExcelでも何でも構わない。そういう話をすると「そこから始めればよかったのか」とおっしゃる方が多い。難しく考えすぎているケースがほとんどです。
分析結果が実際の施策に繋がらないことへの対処法を教えてください。
ソリューション的に予測モデルを作ること自体には、かなり注意深くなっています。使われなかった時のダメージが大きいので。
一方で、意思決定支援を目的にしたプロジェクトであれば、たとえ特定の施策がゴーしなかったとしても、途中で出てきたインサイトは皆さんの中に浸透していく。「施策としては採用されなかったが、しないだけの理由が積み上がった」という状態を目指すようにしています。
3. 哲学と展望――人事にデータが必要な理由
武田さんご自身の仕事哲学を一言でいただけますか?
昔、ハイパフォーマーの定義をめぐって報告会が炎上したことがあって。その時は、完成された分析結果だけを3ヶ月後に出すというやり方をしていた。でも、そうじゃないんですよね。分析とはそもそもこういうものだという認識合わせをプロセスの中でやり続けることが大事だと気づいてからは、そこが変わりました。
「皆さんの本音を引き出す努力をしながら、期待値をきちんと掴みながら、結果が出なかったとしても誠実にやる」——この3点セットで動くようにしています。
分析が難しい領域であることは分かった上で、なぜ人事にこそデータが必要だと考えるのですか?
人事の領域にはもともとデータはあったんです。ただ、アナリティクスな思考で見てこなかった。労働市場の流動化が進む中で、これまでの経験則だけでは対応しきれなくなってきている。データは、経験をファクトで補足するためのものだと思っています。あくまで支援のためで、データが人事の意思決定に取って代わるわけじゃない。
若い世代が人事を担うようになれば、ファクトで組織を語ることが自然になっていく。私はかなり楽観的に見ています。もっとたくさんの仲間が増えて、データを前向きに活用しながら組織をより良くする——そうやって日本企業も変わっていくと思っています。